女性の背後から近づき、気づかれないように髪を切り取る。そんな行為を十代から繰り返していた男が、後にイタリアと英国で二人の女性を殺害した。ダニーロ・レシティーヴォ。二つの事件では、いずれも被害者の髪が切り取られていた。長年続けていた「女性の髪を切る」という異様な行動が、国境と年月を隔てた二つの殺人を結びつける重要な手掛かりとなった。
女性の髪を切ることをやめられなかった少年
ダニーロ・レシティーヴォは1972年4月、シチリア島に生まれ、その後、家族とともに南イタリアのバジリカータ州ポテンツァへ移った。父親は同地の国立図書館で責任ある立場にあった。英国控訴院の判決に引用された精神科鑑定によれば、本人は13歳のころ、いじめに対して攻撃的に反応した経験や、女性をひそかに観察する覗き見行為があったことを語っている。
若いころから、女性に対する不穏な行動も見られた。1992年から93年ごろには、自宅近くに住む若い女性たちへ電話をかけ、無言のまま不気味な音楽を流したり、相手の服装や室内の様子を言い当てたりする嫌がらせをしていた。女性たちは自分たちがどこかから監視されているのではないかと恐怖を感じ、この件でレシティーヴォは告発され、後に罰金刑を受けている。
彼の行動の中でも、後の殺人事件と最も強く結びついたのが、女性の髪を本人に気づかれないように切り取ることだった。2011年の英国での裁判でレシティーヴォ自身が説明したところによれば、最初に髪を切ったのは15歳か16歳ごろで、高校の仲間のグループに受け入れてもらうため、賭けのような形で女性の髪を切ったのが始まりだったという。最初の数回は仲間に認められるためだったが、その後は髪を切ること自体が好きになり、とりわけ切り取った髪に触れたり、匂いを嗅いだりすることを好むようになったと証言している。
この行動は一時的な悪ふざけでは終わらなかった。本人は、自分でもやめることが難しくなり、心理士に相談したことまであったと述べている。女性にとって恐ろしく侵害的な行為だと理解するようになった後も、イタリアで続け、さらに英国へ移住してからも同様の行動を繰り返した。一方で本人は、それが性的な魅力によるものだったことは否定している。
しかし、専門家の評価は異なっていた。英国控訴院判決に記録された2011年の精神科鑑定では、レシティーヴォが15歳ごろから女性の髪に触れ、匂いを嗅ぎ、密かに切るようになったことや、覗き見行為があったことを踏まえ、髪を切る行為は「性的に駆動されたもの」であり、さらにサディスティックな性質を持つと評価されている。イタリアの映画館では、女性の後ろに座って髪を切っていた際、性的な行為をしているように見えたという証言もあり、英国のバスでも女性の髪と自分の手を上着で隠すような姿が目撃されている。
ただし、レシティーヴォについて特定の「髪フェティシズム」という精神医学的診断が確定していたわけではない。裁判や報道では「hair fetish」という表現が頻繁に使われたが、確認できる資料から分かるのは、本人が髪の触感と匂いを好み、密かに切り取る行為を反復していたこと、そして精神科医がそこに性的・サディスティックな要素を認めていたという点である。始まりは本人が語る「仲間に受け入れられるための賭け」だったとしても、その後は感覚的な嗜好と反復性を持つ行動へ変化し、専門家からは性的興奮や支配性を伴うものと評価されるようになっていた。
被害は少なくなかった。英国では15人、イタリアでは9人の女性や少女について、本人の知らない間に髪を切られたという報告が集まった。多くはバスなどでレシティーヴォが女性の後ろに座った状況で起きており、後にこの長年の行動が二つの殺人事件を結びつける重要な材料となった。
16歳のエリーザ・クラプスが教会から消えた
1993年9月12日、ポテンツァに暮らしていた16歳の高校生エリーザ・クラプスは、町の中心部にあるサンティッシマ・トリニタ教会へ向かった。そこで会う予定だったのが、当時21歳のレシティーヴォだった。彼は以前からエリーザに好意を示していたが、彼女には交際相手がおり、求愛を断られていた。レシティーヴォ自身も後の法廷で、エリーザに惹かれていたことと、告白して拒絶されたことを認めている。
二人が教会で会ったこと自体に争いはない。レシティーヴォは、10分ほど話した後にエリーザは外へ出て、自分は教会に残って祈ったと主張したが、エリーザはそのまま行方不明になった。事件当日のレシティーヴォの手には傷があり、傷ができた経緯について捜査当局へ虚偽の説明をしたとして、後に有罪判決を受けている。1994年には逮捕されたものの、エリーザの遺体が見つからなかったため、当時は殺人罪で起訴するだけの証拠がそろわなかった。
1999年には、エリーザの家族が開設していたウェブサイトに、行方不明の本人を装うメッセージが送られた。内容はエリーザが国外で生活しているかのように見せるもので、後に送信者がレシティーヴォだったことが明らかになった。それでも事件は長期間未解決のままとなった。
転機となったのは2010年3月17日である。エリーザが最後に目撃されたサンティッシマ・トリニタ教会の屋根裏から人間の遺体が発見され、DNA鑑定によって、17年前に姿を消したエリーザ本人と確認された。遺体には多数の刺創があり、背後と正面から繰り返し刺されたこと、防御しようとした際にできたと考えられる傷があることも明らかになった。
さらに、エリーザの髪は死亡してから比較的短い時間のうちに切り取られており、髪の一部が遺体の近くや手の周辺に残されていた。衣服からはレシティーヴォのDNAも検出された。十代から女性の髪を密かに切り続けていた人物が最後に会った少女の遺体にも、同じように切り取られた髪が残されていたことは、後の裁判で重要な意味を持つことになる。
英国へ移住した半年後、向かいの家で起きた殺人
エリーザの行方が分からないままだった2002年3月、レシティーヴォは英国南部のボーンマスへ移った。インターネットで知り合ったイタリア人女性フィアンマ・マルサンゴと暮らすためで、二人は後に結婚している。その住居のほぼ向かい側には、縫製の仕事をしていた48歳のヘザー・バーネットが二人の子どもと暮らしていた。
2002年11月12日、学校から帰宅した14歳の息子と11歳の娘が、自宅の浴室で母親の遺体を発見した。バーネットは頭部を鈍器で繰り返し殴られ、さらに刃物で身体に損傷を加えられていた。そして現場には、レシティーヴォが長年繰り返してきた行動を思わせる特徴が残されていた。バーネット自身の頭髪の一部が切り取られ、その髪が片方の手の近くに置かれ、もう一方の手には本人とは別人の髪の房が残されていた。この別人の髪の持ち主は特定されていない。
警察は早い段階からレシティーヴォに疑いを向けた。事件の数日前、彼はカーテンを作ってもらう相談をするためバーネット宅を訪れており、バーネットは友人に対し、レシティーヴォが自宅の鍵を持ち去ったのではないかという不安を語っていた。殺害当日に玄関を無理にこじ開けた形跡はなく、事件の4日後に警察がレシティーヴォ宅を訪れると、当日に履いていた運動靴が浴槽の漂白剤に浸されていた。靴の内部からは後に微量の血液反応が検出され、現場にあった血の付いた緑色のタオルからも、後年の検査でレシティーヴォにつながるDNA資料が検出された。
当時の証拠だけでは起訴には至らず、ドーセット警察は2004年からレシティーヴォへの大規模な監視を始めた。捜査員は、人けの少ない場所で一人の女性を見つめたり、その後をつけたりする姿を確認している。警察が彼を止めて所持品を調べた際には、大型のフィレナイフ、鋏、バラクラバ、手袋なども見つかった。捜査責任者は後に、レシティーヴォを女性に対する現実の危険とみなし、時には24時間態勢で監視したと述べている。
同じころ、ボーンマス周辺ではバスの中で髪を切られたという女性たちの証言が集まり、2004年には通学中に髪を切られた少女が面通しでレシティーヴォを特定した。2006年の家宅捜索では、緑色の糸で束ねられた髪の房も発見されたが、レシティーヴォは警察によって仕込まれたものだと主張した。
捜査が大きく進展したのは2010年、イタリアでエリーザ・クラプスの遺体が発見されてからだった。エリーザとバーネットには、身体への刃物による損傷や衣服の状態だけでなく、死後に頭髪が切り取られていたという特徴的な共通点があった。英国側はエリーザ事件の証拠とレシティーヴォの長年の髪切り行為をバーネット事件と結びつけ、2010年5月、彼をバーネット殺害の容疑で逮捕・起訴した。
二つの有罪判決と、その後
2011年、ウィンチェスター刑事法院でヘザー・バーネット殺害事件の裁判が始まった。検察側は、現場のDNAや事件当日の行動だけでなく、レシティーヴォが長年女性の髪を密かに切り続けていた事実と、エリーザ事件との類似性を重視した。裁判所は、髪への執着だけをもって殺人犯であると判断することはできないとしたうえで、二つの事件に共通する特徴や法医学的証拠と組み合わせて評価することを認めた。
レシティーヴォは殺人を一貫して否認したが、女性の髪を密かに切ってきたこと自体は認めた。2011年6月29日、陪審は約5時間の評議の末、バーネット殺害について有罪評決を下した。翌日の量刑で裁判官は、犯行に性的・サディスティックな動機があったと認定し、当初は仮釈放の可能性を認めない終身刑を言い渡した。
同年11月には、イタリアの裁判所もエリーザ・クラプス殺害についてレシティーヴォを有罪とし、懲役30年を言い渡した。2013年の控訴審でも刑は維持され、2014年10月にはイタリア破毀院が有罪判決を確定させた。英国では2012年、控訴院が終身刑そのものを維持したうえで、仮釈放を永久に認めない刑から最低服役期間40年の終身刑へ変更している。英国の記録上、仮釈放審査の対象となり得るのは2050年以降である。
英国控訴院の判決には、レシティーヴォを評価した精神科鑑定も記録されている。鑑定医は、彼には重度に障害された人格があり、女性の髪を切る行為には性的・サディスティックな性質があると評価した。一定の精神的異常が指摘されていたため、理論上は責任能力減少を理由とする抗弁につながる可能性もあったが、レシティーヴォ自身はその立場を取らず、最後まで「自分は殺していない」と主張した。
レシティーヴォがなぜ女性の髪にこれほど執着したのかについて、本人が一貫した説明を残したわけではない。本人の説明では、始まりは仲間に受け入れられるための賭けだったが、やがて髪の触感や匂いを好むようになり、自分でもやめられない行動へ変化した。目撃証言や精神科鑑定では、そこに性的興奮やサディスティックな性質が加わっていた可能性が指摘されている。
その長年の行動と、二人の被害者の遺体に残された切り取られた髪が重なったことで、イタリアと英国で別々に発生した殺人事件は一人の男へ収束していった。レシティーヴォは現在も、英国でヘザー・バーネット殺害について終身刑に服している。
出典
England and Wales Court of Appeal — Oakes & Ors v R [2012] EWCA Crim 2435
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https://www.theguardian.com/uk/2011/jun/29/hair-hand-case-danilo-restivo-guiltySteven Morris — How Danilo Restivo was caught
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https://www.theguardian.com/uk/2011/jun/29/how-danilo-restivo-was-caughtSteven Morris — Man with hair fetish murdered and mutilated his neighbour, court hears
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https://www.theguardian.com/uk/2011/may/16/hair-murder-neighbour-courtSteven Morris — Danilo Restivo to spend life in prison for murder of “inhuman depravity”
The Guardian, 2011
https://www.theguardian.com/uk/2011/jun/30/danilo-restivo-murder-life-prisonTobias Jones — Danilo Restivo’s murder conviction is just the tip of the iceberg
The Guardian, 2011
https://www.theguardian.com/uk/2011/jun/29/danilo-restivo-murder-conviction-icebergLa Repubblica — Restivo in tribunale in Inghilterra: “Non ho mai ucciso nessuno”
la Repubblica, 2011
https://www.repubblica.it/cronaca/2011/06/20/news/restivo_parla-17953077/Corriere della Sera — Restivo: “Ero attratto da Elisa. Mi rifiutò, ma io non ho mai ucciso nessuno”
Corriere della Sera, 2011
https://www.corriere.it/cronache/11_giugno_20/restivo-dichiarazione-tribunale_e0b08bfc-9b27-11e0-b9a7-5cbc176a671d.shtml




