かつてオランダでは、成人と子供の性的関係を公然と擁護する運動が存在した。心理学者や法律家、大学研究者が議論に加わり、1980年代には全国組織が作られ、2000年代には政党まで誕生した。しかし、現実の児童性的虐待が社会を揺るがす中で運動は急速に力を失い、最大の団体は最高裁によって禁止された。
性解放運動の中から現れたフリッツ・ベルナルト
オランダで児童性愛を社会運動として扱った初期の代表的人物が、心理学者・性科学者のフリッツ・ベルナルトである。ベルナルトは1950年代から同性愛者団体COCに関わり、「ヴィクトル・セルファティウス」という筆名でも文章を発表していた。1960年前後には出版社「エンクレーヴ」を設立し、児童性愛を扱った書籍を刊行する一方、同じ性的関心を持つ人々の交流や相談の場も作った。児童性愛を個人の秘密ではなく、社会に承認を求める少数者の問題として扱おうとしたのである。
当時のオランダでは、性をめぐる価値観が急速に変わっていた。避妊、婚前性交、同性愛、ポルノグラフィーなど、それまで厳しい規制を受けていたテーマについて自由化を求める運動が広がり、その中心の一つがオランダ性改革協会NVSHだった。ベルナルトらはこの流れの中に児童性愛も位置づけ、成人と子供の性的関係を一律に犯罪や虐待として扱うべきではないと訴えた。
1972年には、ベルナルトや法律家エドワルト・ブロンヘルスマらの議論を背景に、『Sex met kinderen(子供とのセックス)』という本が出版された。当時の一部の活動家や専門家は、子供が成人との性的関係を望む場合まで国家が禁止する必要はないと考え、性的自己決定や刑法からの解放という言葉を使って規制緩和を主張した。後のマルタイン協会やPNVDが掲げた思想の基本部分は、この時代に形を整えていった。
一方、同性愛解放運動は次第に児童性愛から距離を取るようになった。COCは社会的承認を広げる中で、成人同士の同性愛と成人・子供間の性的関係を明確に分けるようになり、児童性愛擁護運動は独立した小さな運動へと移っていった。
国会議員ブロンヘルスマと研究による擁護
この運動に政治と法学の世界から関わった代表的人物がエドワルト・ブロンヘルスマだった。ブロンヘルスマは法律家・犯罪学者で、労働党の上院議員も務めている。1950年には16歳の少年との性的関係を理由に、当時の刑法248bis条に違反したとして有罪判決を受け、国会議員を辞職した。この法律は若い同性間の性交を異性間より厳しく規制するもので、ブロンヘルスマは後にその廃止運動にも関わった。248bis条は1971年に廃止された。
ブロンヘルスマは1963年に上院へ復帰し、その後も法律家や政治家として活動しながら、児童性愛に関する著作を発表した。成人と子供との性的関係をすべて犯罪として扱うことに反対し、本人が望む関係まで刑法で禁止する必要はないと論じた。1988年には「すべての年齢層のための性的自由の擁護」と題した論文も発表し、児童性愛擁護論を性的自由と自己決定の問題として位置づけている。
大学でも同じテーマが研究された。ユトレヒト大学のテオ・サンドフォートは1984年、成人男性と性的関係を持っていた10歳から16歳の少年25人への聞き取り調査を発表した。少年の多くが成人との関係を肯定的に語ったことから、サンドフォートは成人との性的関係が本人に必ず否定的に経験されるとは限らないと報告した。この研究は、成人と子供の関係を一律に虐待とみなすべきではないという主張の材料として、児童性愛擁護側からたびたび参照された。
こうして1970~80年代には、活動家だけでなく、政治家、法律家、性科学者、大学研究者も児童性愛をめぐる議論に参加した。児童性愛擁護論は地下に隠れた思想ではなく、出版物や学術論文を通じて公に論じられていた。
マルタイン協会――30年以上続いた最大の組織
1982年11月15日、オランダの児童性愛擁護運動を代表することになる「マルタイン協会」が設立された。1984年に改定された規約には、「年長者と若年者の関係について議論できるようにし、その受容を目指す」という目的が記されていた。協会は会報、集会、後にはウェブサイトなどを通じて、成人と子供の性的関係を必ずしも有害なものとみなさず、その社会的受容を求めた。
マルタインは1980年代から2000年代まで30年以上活動した。インターネットが普及するとウェブサイトも重要な発信拠点となり、成人と子供の性的接触の害を小さく扱う文章や、そのような関係を肯定的に描く情報が発信された。後に最高裁は、こうした活動について、若い子供との性的接触の危険を軽く扱い、そのような関係を称揚して社会へ広めていたと認定している。
しかし1990年代に入ると、社会の空気は大きく変わっていった。1998年には北海沿岸のザントフォールトを中心に、大量の児童性的虐待画像が流通していた事件が明らかになった。事件では国境を越えて画像がやり取りされていたことも問題となり、児童性的虐待画像が単なる写真や表現ではなく、実際の虐待と結びついた犯罪として強く意識されるようになった。捜査体制の強化も進み、成人と子供の性的関係を「自由」や「自己決定」の問題として語る運動との距離はさらに広がった。
その流れを決定的に強めたのが、2010年に発覚したアムステルダム保育所性虐待事件だった。保育施設などで働いていたロバート・Mは、多数の幼い子供を長期間にわたって性的に虐待し、その様子を撮影していた。検察は最終的に67人の子供への虐待を訴追し、ロバート・M自身も法廷で幼い子供への性的関心について語った。事件はオランダ社会に大きな衝撃を与え、保育施設での監督体制や児童性的虐待画像への捜査体制が見直されるきっかけとなった。
この事件は、マルタインをめぐる議論にも直接影響した。オランダ検察庁は後に、ロバート・M事件によって社会の受け止め方が変わり、児童性犯罪に対する否定的な感情が強まり、警察や検察により多くの捜査資源が投入されるようになったと振り返っている。2012年にマルタインの禁止を裁判所へ求めた際にも、検察はアムステルダム保育所事件を、児童性的虐待が社会に与える深刻な被害と不安を示す例として挙げた。マルタインが成人と子供の性的関係を肯定的に語り続ける一方で、社会ではその関係が現実の被害として可視化され、両者の距離は急速に広がっていった。
検察は2011年、マルタインの活動が公共の秩序に反するとして禁止と解散を求めた。2012年に地方裁判所はいったんこれを認めたが、翌年には控訴裁判所が判断を覆した。争点となったのは、社会の大多数が強く反発する思想を持つ団体でも、結社の自由によって活動を守られるのかという問題だった。2014年4月18日、オランダ最高裁は最終的にマルタインを禁止・解散させ、子供の身体的・性的な安全を守る必要性が協会の結社の自由を上回ると判断した。
PNVD――児童性愛擁護論を政治に持ち込んだ政党
マルタインが社会運動として活動を続ける一方、2006年には児童性愛をめぐる主張を選挙政治へ直接持ち込もうとする動きも現れた。「隣人愛・自由・多様性党(PNVD)」である。
PNVDは性的同意年齢を16歳から12歳へ引き下げることや、児童性的虐待画像の私的所持に関する規制の緩和などを掲げた。設立直後から国内外で激しい批判を浴び、党そのものを禁止するよう求める訴訟も起きた。しかし裁判所は、政策内容への強い反発だけを理由として政治団体の設立そのものを禁じなかった。
PNVDは2006年の総選挙への出馬を目指したが、必要な支持署名を集められなかった。2010年には党自体が解散し、議席を獲得することはなかった。それでも、児童性愛擁護論を単なる社会運動ではなく、法改正を目指す政治運動として示した点では象徴的な存在だった。
ネルソン・マートマンとPNVDの再結成
2020年、ネルソン・マートマンとノルベルト・デ・ヨンゲがPNVDを復活させた。マートマンは当時25歳で、自ら児童への性的関心を持つことを公表し、成人と子供との性的関係を一律に禁止する現在の制度そのものを変えるべきだと主張していた。
同年2月、マートマンは公共放送NTRの番組『Danny op Straat』に出演し、自分は4歳から14歳ほどの少年に性的魅力を感じると話したうえで、幼い子供にも性について自己決定する能力があると主張した。2~3歳の子供でも、アイスクリームを食べたいか、公園へ行きたいかを自分で決められるのだから、性的行為を望むかどうかについても同じように判断できるという趣旨の比較を行った。さらに、成人と子供との性的関係を合法化するための政党を作りたいと述べ、「すべての人に同じ権利を与える」という考え方を子供にも当てはめるべきだと主張した。
テレビ出演の直前には、アムステルダム大学の「西洋社会の性の社会学」に関する授業にもゲストとして招かれていた。大学側は当初、児童への性的関心を持ちながら行動に移さず生活するとはどういうことなのかを、当事者として語ってもらうことを想定していた。しかし実際の講義では、マートマンは性的同意年齢そのものをなくすべきだと主張し、年齢制限が児童性愛をタブーにしていると学生に訴えた。大学の学生メディアが入手した講義音声では、未成年者との性的関係の合法化を明確に求めていたことも確認されている。
マートマンは大学で、自分の目的について、児童性愛者の「本当の姿」を見せたいとも説明していた。また、オランダではこのテーマについて顔を出して発言する人が少なく、それは社会的地位を失うことへの恐怖があるからだとも話していた。一方で、性的同意年齢に反対する政治的主張まで行ったことについて、大学側は事前に十分把握していなかった。アムステルダム大学は放送後、マートマンの活動家としての立場を調べずに招いたことを「大きな過ち」と認め、謝罪した。
彼の発言は、児童への性的関心を持ちながら子供と性的関係を持つことには反対する人々からも批判された。テレビ出演後には、児童性愛者の支援や相談に関わる人々からも、マートマンの考え方は自分たちの立場とは異なるという声が上がった。マートマンの存在によって、児童性愛という性的関心を持つことと、成人と子供の性的関係を合法化しようとする政治運動との違いも改めて議論されるようになった。
復活したPNVDは「すべての年齢における性的自由」などを掲げたが、社会の反応は強い拒絶だった。2020年9月までに党への反対署名は約50万件に達し、同年には反対デモも行われた。マートマンのテレビ出演後には自宅周辺へ人々が集まり、警察が対応する事態にもなった。
同じ2020年、マートマンは児童性的虐待画像所持の疑いで逮捕された。この捜査はテレビ出演をきっかけとしたものではなく、禁止されたマルタインの活動が続いている可能性を調べる別の捜査の中で浮上したものだった。警察はマルタイン元関係者らの住宅を捜索し、コンピューターや携帯電話などを押収していた。その後、マートマンはメキシコへ移動し、2022年に現地当局に拘束された。
マルタイン禁止後に残ったネットワーク
最高裁がマルタインを禁止しても、関係者の活動はすぐには終わらなかった。元メンバーらはウェブサイト、SNS、メーリングリストを利用し、かつてマルタインが公開していた文章を再掲載したほか、成人と子供の性的関係の害を否定したり、肯定的に扱ったりする情報を発信した。
オランダ検察によれば、関係者は数十人規模のメーリングリストを運営し、新しく参加しようとする人物には、児童性愛の合法化を支持しているかどうかを確認していた。別のウェブサイトでは「子供も性的な存在である」という主張を掲げ、多数の動画を公開していた。検察は、こうした活動を禁止されたマルタインの実質的な継続だと判断した。
2022年、ロッテルダム地方裁判所は2人について、禁止されたマルタインの活動を続けたとして、それぞれ6か月と4か月の実刑判決を言い渡した。30年以上公然と存在していた組織は法的に消滅し、その思想を同じ形で組織化することも刑事責任を問われるようになった。
現在のオランダでは、成人と子供の性的関係の合法化や社会的承認を掲げる大きな団体や政党は確認できない。その一方、児童に性的関心を持つ人が実際の虐待へ進む前に相談や治療につながるための予防的な取り組みは続けられている。2024年7月には新しい性犯罪法も施行され、子供を対象とした性的なオンライン行為への規制も強化された。かつて「性的自由」の拡大として語られた問題は、現在では児童の安全と虐待予防を中心として扱われるようになっている。
出典
Gert Hekma — オランダの児童性愛運動史に関する研究
アムステルダム大学
https://pure.uva.nl/ws/files/4494786/149931_403254.pdfParlement.com — Dr. E. (Edward) Brongersma
Parlementair Documentatie Centrum
https://www.parlement.com/biografie/dr-e-edward-brongersmaEdward Brongersma — A Defence of Sexual Liberty for All Age Groups
The Howard Journal of Criminal Justice, 1988
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1468-2311.1988.tb00601.xTheodorus G. M. Sandfort — Sex in Pedophiliac Relationships: An Empirical Investigation among a Nonrepresentative Group of Boys
The Journal of Sex Research, 1984
https://www.jstor.org/stable/3812347オランダ最高裁判所 — Vereniging Martijn verboden en ontbonden
Hoge Raad der Nederlanden, 2014
https://www.hogeraad.nl/actueel/nieuwsoverzicht/2014/vereniging-martijn/オランダ検察庁 — Jaarbericht 2012
Openbaar Ministerie, 2012
https://www.om.nl/documenten/om/map/2012-t-m-2018/2012オランダ検察庁 — Jaarbericht 2013
Openbaar Ministerie, 2013
https://www.om.nl/actueel/jaarberichtenロッテルダム地方裁判所 — Mannen veroordeeld voor voortzetten verboden vereniging Martijn
Rechtspraak.nl, 2022
https://www.rechtspraak.nl/organisatie-en-contact/organisatie/rechtbanken/rechtbank-rotterdam/nieuws/2022/03/mannen-veroordeeld-voor-voortzetten-verboden-vereniging-martijnオランダ検察庁 — OM eist gevangenisstraffen vanwege voortzetten verboden pedofielenvereniging Martijn
Openbaar Ministerie, 2022
https://www.om.nl/actueel/nieuws/2022/02/02/om-eist-gevangenisstraffen-vanwege-voortzetten-verboden-pedofielenvereniging-martijnNOS — Aanklacht: M. misbruikte 67 kinderen
NOS, 2011
https://nos.nl/artikel/316542NOS — Proces Robert M. van start
NOS, 2012
https://nos.nl/artikel/350516アムステルダム大学 — Reactie naar aanleiding van uitzending Danny op straat
Universiteit van Amsterdam, 2020
https://www.uva.nl/content/nieuws/nieuwsberichten/2020/02/reactie-danny-op-straat.htmlNieuw Amsterdams Peil — UvA-docent staat achter uitnodigen pedofilieactivist
Nieuw Amsterdams Peil, 2020
https://www.napnieuws.nl/2020/02/14/uva-docent-staat-achter-uitnodigen-pedofilieactivist/Folia — UvA biedt excuses aan voor uitnodiging pedofiel
Folia, 2020
https://www.folia.nl/actueel/135964/uva-biedt-excuses-aan-voor-uitnodiging-pedofielRTL Nieuws — Woede over interview met pedofiel op publieke omroep
RTL Nieuws, 2020
https://www.rtl.nl/nieuws/nederland/artikel/5021466/woede-over-interview-met-pedofiel-op-publieke-omroepRTL Nieuws — Anneke voert strijd tegen pedopartij aan
RTL Nieuws, 2020
https://www.rtl.nl/nieuws/nederland/artikel/5181306/anneke-voert-strijd-tegen-pedopartij-aan-we-moeten-onze-kinderenNOS — Man die zich op tv uitsprak voor pedoseks opgepakt om bezit kinderporno
NOS, 2020
https://nos.nl/artikel/2323771




