2003年8月、台湾南部のサトウキビ畑で、焼かれた16歳の少女の遺体が発見された。遺体には多数のハエの幼虫が発生しており、研究者がその成長具合を調べたところ、死亡から約50時間が経過していると推定された。その後、犯人が供述した死亡時刻から計算すると、実際の経過時間は約46時間だった。差はわずか4時間である。この高い精度の背景には、事件のわずか1か月前、現場から約6キロ離れた場所で、偶然にも焼いたブタの死体を使った法医昆虫学の実験が行われていたという事情があった。
サトウキビ畑で見つかった16歳の少女
2003年8月29日、台湾南部の高雄県橋頭郷にあるサトウキビ畑で、女性の遺体が発見された。当時のTVBS報道によると、遺体は火で焼かれ、衣服の一部が脱がされていた。身体には刃物で何度も刺された傷もあり、警察は当初、身元の分からない女性として捜査を始めた。
翌30日、家族が遺体を確認し、高雄県大社郷に住んでいた16歳の少女であることが分かった。母親は、少女が身につけていた金のネックレスなどから娘だと確認したという。少女は高校へ進学する直前で、8月27日の夜に一本の電話を受けて家を出たまま帰っていなかった。論文では、少女が午後7時ごろに電話を受けて外出し、それが家族による最後の目撃だったと記録されている。
遺体は頭や上半身を中心に焼かれており、解剖では刃物による傷や、顔を強く打たれたとみられる傷も確認された。少女は殺された後に遺体を焼かれたと考えられた。そして、その遺体には別の重要なものが残されていた。頭部などに大量に発生していたハエの幼虫、いわゆるウジである。
事件の1か月前、6キロ先で行われていた実験
少女の遺体が発見される約1か月前の2003年7月15日から20日にかけて、台湾の研究者たちは高雄県内で法医昆虫学の実験を行っていた。使われたのは約25キロのブタで、死体にガソリンをかけて焼いた後、草や竹などが生い茂る林の中に置き、どのような昆虫が集まり、その幼虫がどのくらいの速さで成長するのかを観察した。
法医昆虫学では、遺体に集まるハエの成長が死亡時刻を調べる大きな手掛かりになる。ハエが遺体に卵を産むと、やがて幼虫が孵化し、気温などの影響を受けながら成長する。そのため、どの種類の幼虫がどの段階まで育っているかを調べれば、遺体にハエが集まり始めてからどのくらい時間がたったのかを推定できる。
研究者たちは1日に2回、ブタの死体を調べた。すると、死体を置いてからわずか5分ほどでクロバエの仲間が飛来した。中心となったのは Chrysomya megacephala という種類で、日本ではオビキンバエと呼ばれることもある。17時間後には卵と小さな幼虫が確認され、25時間後にはさらに成長した幼虫が現れ、50時間後には第3齢と呼ばれる大きな幼虫まで成長していた。
この実験は、特定の殺人事件を調べるために行われたものではない。ところが約1か月後、実験地点からわずか約6キロ離れた場所で、焼かれた少女の遺体が発見された。しかも、実験に使われたブタと少女の遺体は、どちらも屋外に置かれ、火で焼かれていた。事件現場にかなり近い場所と時期に、よく似た条件で集められた昆虫の成長記録が、すでに存在していたのである。
遺体のウジは何時間育っていたのか
研究者は少女の顔や身体の下部から40匹の幼虫を採取した。顕微鏡で身体の特徴を調べると、ブタの実験でも見つかっていた Chrysomya megacephala と考えられた。昆虫は種類によって成長の速さが違うため、別の種類と取り違えれば死亡時刻の推定もずれてしまう。そこで研究者たちは外見だけでなく、ミトコンドリアDNAも調べ、同じ種類であることを確認した。
幼虫には、成長に応じて第1齢、第2齢、第3齢という段階がある。少女の遺体から採取された幼虫の多くは第2齢だったが、一部はすでに第3齢まで育っていた。ここで役立ったのが、約1か月前のブタの実験だった。ブタでは、同じ種類の幼虫が第3齢まで成長するのに約50時間かかっていた。
さらに研究者たちは気温も調べた。ハエの幼虫は暖かければ早く育ち、寒ければ成長が遅くなるためである。事件当時の平均気温は約28.6度、ブタの実験時は約30.3度だった。場所は約6キロしか離れておらず、季節もほぼ同じだった。こうした条件を合わせて考えた結果、少女が死亡してから遺体が発見されるまでの時間は約50時間と推定された。
警察は一本の電話から容疑者を追った
昆虫が示した50時間だけで犯人が分かったわけではない。実際の捜査で大きな手掛かりになったのは、少女が家を出る前に受けた電話だった。警察は少女の交友関係や電話の記録を調べ、最後に連絡を取っていた20歳の男性に注目した。
2021年に事件を振り返った台湾の『鏡週刊』によると、男性は少女と以前から知り合いで、警察から何度か事情を聞かれていたが、当初は犯行を否定していた。警察は男性が話した当日の行動を一つずつ確認し、その中で説明と実際の記録が合わない部分も見つけたという。
2003年9月4日夜、男性は父親に付き添われて警察に出頭し、少女を殺したことを認めた。当時のTVBSは、男性が金銭をめぐる問題が犯行のきっかけだったと話していると報じている。後年の報道によると、男性は8月27日の夜に少女を呼び出し、サトウキビ畑付近へ連れて行った後に殺害した。そして遺体を焼き、さらに衣服を脱がせ、性犯罪による事件に見せかけようとしたと供述したという。
昆虫が示した50時間、犯人の供述では46時間
この事件で法医昆虫学が特に注目されたのは、犯人の供述によって、昆虫から出した数字が後から確かめられたことだった。論文によると、犯人は少女を8月27日午後10時に殺したと供述した。遺体が発見された時刻から逆算すると、死亡から発見までの時間は約46時間になる。
一方、ハエの幼虫の成長から研究者が推定した時間は約50時間だったため、両者の差はわずか4時間だった。いつでも法医昆虫学でここまで細かく死亡時刻を絞れるわけではないが、この事件では、事件の直前に現場近くで行われていたブタの実験が大きく役立った。昆虫の種類、季節、気温、周辺環境が近く、さらにどちらも焼かれた死体だったためである。
遠い地域や別の季節で調べた数字をそのまま当てはめるのではなく、その土地で実際に観察した昆虫の成長記録を使えたことが、約50時間という推定につながった。犯人の供述から計算した約46時間と、昆虫から推定した約50時間がほぼ一致したことで、法医昆虫学による推定の確かさが分かりやすい形で示された。
焼いた死体には、むしろ早くハエが来ることもある
ブタの実験では、焼いた死体を林に置いてからわずか5分ほどでクロバエが飛んできて、17時間後には卵や幼虫が確認された。火で焼かれた遺体には昆虫が近づきにくいようにも思えるが、必ずしもそうではない。過去の研究では、条件によっては焼かれた死体のほうが、焼かれていない死体よりも早くクロバエに利用されることがあると報告されている。
そのため、焼かれた遺体を調べるときに、焼かれていない普通の遺体のデータだけを使うと、死亡からの時間を実際より長く見積もってしまうことがある。今回、研究者の手元には偶然にも焼いたブタを使った実験結果があったため、事件の条件に近いデータを使って判断することができた。
もう一つ興味深いのは、殺害時刻が午後10時だったことである。クロバエの仲間は一般に暗い時間には産卵しにくいとされるが、それでも遺体発見時にはすでに第3齢まで育った幼虫がいた。研究者たちは幼虫の成長状態から、殺害された夜のかなり早い段階でハエが遺体を利用し始めた可能性を考えている。
犯人のその後と、事件にまつわる奇妙な話
2021年の『鏡週刊』によると、裁判では男性一人が犯人として扱われ、最終的に懲役20年が言い渡された。事件後には、被害者の少女が家族や周囲の人の夢に何度も現れたという話も伝えられた。事件の真相を訴えるような夢だったとされ、少女の死から7日目にあたる時期にも不思議な出来事があったという。
さらに、関係者が事件現場を訪れた際、被害者の霊が人に乗り移ったと周囲が受け止めるような出来事が起き、そこから犯人は一人ではないのではないかという話まで広がった。警察も共犯者の可能性について調べたが、別の人物が犯行に加わったことを示す証拠は見つからず、最終的には出頭した男性一人が起訴された。
法医昆虫学だけがこの事件を解決したわけではない。警察が犯人を追う大きな手掛かりになったのは、少女が家を出る前に受けた電話や、その後の捜査だった。そして最後には犯人自身が出頭し、犯行を認めている。それでも、犯人の供述から計算した死亡から発見までの時間が約46時間だったのに対し、遺体に残されたハエの幼虫からは約50時間という推定が得られた。
しかも、その約50時間という数字を支えたのは、事件の1か月前、わずか6キロ先の林で行われていた焼いたブタの実験だった。殺人事件とは無関係に行われていた一つの実験が、その直後に近所で起きた殺人事件の死亡時刻を調べる重要な資料になったのである。遺体に集まったウジが犯人の名前を教えたわけではないが、犯人の供述とは別の方法から、事件が起きた時間をかなり正確に示した。この事件は、法医昆虫学が現実の殺人捜査でどのように役立つのかを、46時間と50時間という数字で分かりやすく示した事例となった。

出典
Chung-Yen Pai, Ming-Cheng Jien, Li-Hong Li, Yen-Yuh Cheng, Chiou-Herr Yang — Application of Forensic Entomology to Postmortem Interval Determination of a Burned Human Corpse: A Homicide Case Report from Southern Taiwan
Journal of the Formosan Medical Association, 2007
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0929664608600431TVBS新聞網 — 16歲少女慘遭殺害 家屬認屍痛哭
TVBS, 2003
https://news.tvbs.com.tw/life/403190TVBS新聞網 — 橋頭女屍案破 家屬氣憤追打嫌犯
TVBS, 2003
https://news.tvbs.com.tw/life/402513TVBS新聞網 — 女屍案現場模擬 家屬氣憤追打嫌犯
TVBS, 2003
https://news.tvbs.com.tw/life/399207鏡週刊 — 甜美校花朋友多 深夜接了一通電話竟成奪命叩
鏡週刊, 2021
https://www.mirrormedia.mg/story/20211219soc002鏡週刊 — 滿屋解剖照凶手仍不認罪 死者頭七他竟投案警詫異
鏡週刊, 2021
https://www.mirrormedia.mg/story/amp/20211219soc003鏡週刊 — 受害少女數度託夢申冤 命案現場附身乾媽扯共犯
鏡週刊, 2021
https://www.mirrormedia.mg/story/20211219soc004



