日本では近年、「自分らしく生きる」ことが推奨され、「個性」が至上の価値とされがちである。一方で、こうした風潮の対極には、自分らしさだけでなく、社会的地位や性別、さらには人間であることも捨て去り、無思考・無感情のロボットになりたいと願う者たちの存在がある。彼らの願いは「ドロニフィケーション(dronification)」によって叶えられるかもしれない。
アイデンティティを捨ててドローンになる
ドロニフィケーションとは、催眠術をかけられて従順な機械の使用人、すなわち「ドローン(drone)」になりきることである。ドローンは、肌に密着するラテックススーツとガスマスクを装着し、オーディオトラックを駆使する「プログラマー(programmer)」に従う。ラテックスやテクノロジー、支配、催眠が交錯する世界で、参加者は現実世界を生きる自分から解放されるのだ。
ドロニフィケーションの普及と発展を目指すサイト「HexCorp」には、トップページで次のように記載されている。
「ドロニフィケーションとは、人間を従順で無知なドローンに変えるプロセスです。この場合、ドローンは人型の自動人形です。以前のアイデンティティを除去するためにラテックスで覆われたもともとの体は、巣箱内の別の本体によって再プログラムされました」
ドローンというと、無人航空機を思い浮かべるかもしれない。しかし、ドロニフィケーションのドローンは、『スタートレック』シリーズの敵役機械生命体ボーグに所属するドローンに近い。ボーグは、宇宙旅行をしている他の種族を同化し、テクノロジーを駆使して脳を拭き取り、生体と機械が融合したサイボーグへと変えてしまう。ボーグは全てのドローンの意識を掌握しているため、各ドローンには自分という概念がなく、集合体の末端として存在することしか許されない。その意味では無人航空機に近いといえるだろう。
ドロニフィケーションのドローンは、『スタートレック』シリーズに登場するドローンを独自にアレンジしたものである。前者はラテックスで全身を覆うことが一般的で、不格好な義肢や死者のような皮膚を特徴とする後者とは異なっている。
無知で従順なドローンとなって命令される
ドローンには人間としてのアイデンティティを喪失する「非人間化」が不可欠である。HexCorpを運営するHexLatex氏によると、ドロニフィケーション参加者は、単にロボットになりたいのではなく、「機械の歯車のようなもの」になることを望んでいるという。
ドロニフィケーションは人間であることすら否定する営みなので、性自認が身体的な性別と一致しないトランスジェンダーに受け入れられやすい。HexLatex氏自身もトランスジェンダーであり、氏のコミュニティの参加者やSNSのフォロワーにもトランスジェンダーが多く見られる。
HexCorpでは、ドロニフィケーションに参加するいくつかの方法が提示されている。入門者は、HexCorp Discord serverにアクセスすることからスタートするのが一般的だ。HexCorpにはサーバーへアクセスするためのフォームがあるが、必ずしもアクセスに成功するわけではない。確実にアクセスしたければサポートメンバーになるのが望ましい。
アクセスに成功すると、「Hive Mxtress」から自動的にシリアルナンバーを割り当てられ、タスクを委任される。Hive Mxtressは無知なドローンたちを主導する性的に中立な支配者的存在で、HexLatex氏もHive Mxtressの一人である。シリアルナンバーは参加者を抽象的な存在に変えるだけでなく、人間としての名前があることで感じるストレスを取り除く役割も果たす。HexLatex氏によると、ドローンになりたい人々は強力な方法で目標を達成するように命令されたいのだという。
参加者の多くは、ラテックススーツとガスマスクを着用し、「催眠スパイラル」と呼ばれる映像を見つめることになる。
日々進歩するドロニフィケーションの世界
HexLatex氏は最近、ドロニフィケーションのコンテンツをフルタイムで作成している。主な収入源はクラウドファンディングで、ドロニフィケーション写真プロジェクトに専念しているが、他にも進行中のプロジェクトがある。その一つがゲームプロジェクトである。ゲーム制作に携わるのは、ドロニフィケーションを盛り上げたいと願う、開発技術を有したドローンたちである。
中には、ドロニフィケーションの世界に没頭し、生活すべてをドロニフィケーションに捧げようとする人々もいるという。これに対してHexLatex氏は、ドロニフィケーションは「生活に付け足す何か、楽しい何かであり、現在の生活に取って代わるものではありません」と注意を喚起する。
また、悪意ある者がドロニフィケーションの世界に入り込んで、心身ともに弱っている人々から搾取しようとする危険性もある。HexLatex氏は、こうしたトラブルを防ぐことにも尽力する。「誰でもドローンになれる」という信念のもと、ドロニフィケーションが誰にとっても安全な場所になることを願っているのだ。
ドロニフィケーションの世界は、多くのドローンたちに支えられながら日々進歩している。これからも多くの人々を魅了しながら仲間を増やしていくのだろう。
トップ画像:Pixabay