肛門から入れた物が体の中に残り、自力では取り出せなくなった状態を、医学では「直腸異物」と呼ぶ。性的な刺激を目的として物を入れた結果、抜けなくなるケースがよく知られているが、原因はそれだけではない。事故のほか、精神的な問題に関連した行動や、体の不調を自分で治そうとして物を入れたケースも報告されている。医学論文に登場する物もさまざまで、性具だけでなく、ダンベル、殺虫剤の空き瓶、ワイングラス、携帯式の洗浄用シャワーなど、通常は体内に入れることを想定していない物が取り出された症例もある。
近年は、こうした症例を単なる珍しい事故として片づけられないことも分かってきた。米国の救急外来のデータを使った2023年の研究では、15歳以上の直腸異物による受診は、2012年から2021年までの10年間で全米約3万8,948件と推計された。平均年齢は43歳で、約78%が男性、異物の約55%は性的な目的で使われる器具だった。年間の受診率も、2012年には人口10万人あたり1.2件だったのに対し、2021年には1.9件へ増えている。ただし、これは米国の救急外来を受診した人のデータであり、世界全体の実態をそのまま示す数字ではない。それでも、医療現場が一定の頻度で対応している問題であることは分かる。
「変わった物が入った」だけでは済まない
直腸異物は、物の形や大きさによっては比較的簡単に取り出せることもある。しかし、大きい物、表面がつるつるしてつかめない物、先が鋭い物、割れやすい物、体の奥まで入り込んだ物などは、取り出すのが難しくなる。米国の同じ研究では、直腸異物で救急外来を受診した成人の約41%が、そのまま入院していた。症状として多いのは、肛門や下腹部の痛み、便が出にくい、腹部が張る、出血するといったものだが、物が入ったままでも、受診した時点ではほとんど症状がない人もいる。
一方で、異物によって腸が深く傷つくと、そこから腸の内容物が腹の中へ漏れ出すことがある。すると腹の中で強い炎症が起こり、重い感染症へ進む危険もある。さらに問題になるのが、病院へ行く前に自力で取り出そうとする行為である。指や工具などを使って何度も引き出そうとすると、物がかえって奥へ移動したり、腸の内側を傷つけたりすることがある。2025年に報告されたある症例では、患者が友人と一緒にペンチを使ってガラス製の異物を取り出そうとし、その一部を割ってしまったことで出血が悪化した。
病院では、異物の大きさ、形、材質、位置、入ってからどのくらい時間がたっているか、出血や傷がないかなどを調べて、取り出し方を決める。単純なX線写真で位置が分かることもあるが、材質によっては写りにくいため、その場合や腸の傷が疑われる場合には、より詳しく体の中を調べられるCT検査が使われることもある。肛門側から安全に取り出せる場合はそのまま下から取り出すが、腸に穴が開いている、大きく傷ついているといった場合には、お腹を切る手術が必要になることもある。
医学論文に報告された5つの症例
1.2キロのダンベル――54歳男性
2022年、ブラジルの54歳男性から、重さ2キロのダンベルが取り出された症例が医学誌に報告された。男性は約24時間続く下腹部の痛みと、「肛門の奥に何かが詰まっているような感じ」を訴えて救急外来を受診し、吐き気もあり、2日間便が出ていなかった。診察すると腹部はやや膨らみ、左下腹部などを押すと軽い痛みがあった。X線写真を撮影すると、直腸の中にはダンベルの形をした物体がはっきり写っていたが、この時点では腸に穴が開いている様子はなかった。
男性は手術室へ移され、肛門から取り出す処置が行われた。最初は器具でつかもうとしたがうまくいかず、最終的には医師が手で引き出した。取り出されたダンベルは2キロあったが、大きな出血や深い傷は確認されなかった。処置の12時間後に再びX線検査を行っても異常はなく、男性は4日目に退院している。この症例は、大きく重い物が入っていても必ず大がかりな手術になるわけではない一方、重さや大きさだけで安全かどうかを判断することもできないという、直腸異物治療の難しさを示している。
2.殺虫剤の空き瓶を6週間放置――56歳男性
より深刻だったのが、2024年にネパールから報告された56歳男性の症例である。男性の直腸に入っていたのは、捨てられていた殺虫剤の空き瓶だった。しかも、病院を受診したのは瓶が入ってから約6週間後だった。報告によると、男性には十分な家族の支えがなく、行為を人に知られることへの恥ずかしさも、受診を遅らせる一因になったと考えられている。
病院に来た時点で、男性は体の中で重い感染が起きている状態だった。それでも瓶そのものは肛門側から取り出すことができ、その後に腹の中を詳しく調べたところ、腸に大きな穴が開いている様子はなかった。さらに診察を進めると、男性には大量飲酒に関連した精神的な症状が認められ、そちらの治療も行われた。このケースから分かるのは、直腸異物をすべて性的な行動による事故として考えることはできないということである。また、異物の種類だけでなく、恥ずかしさや孤立によって病院へ行くのが遅れること自体が、大きな危険につながることもよく分かる。
3.洗浄用シャワーが丸ごと入った23歳男性
2025年には、インドの23歳男性から、携帯式の洗浄用シャワーの先端部分が取り出された症例が報告された。男性には軽い知的障害があり、性的な刺激を得る目的で器具を肛門から入れたと説明している。同じような行為をしたのは半年以内に2回目で、最初のときは自分で取り出すことができたものの、2回目はうまくいかなかった。シャワーにつながっていたホースの一部は肛門の外に残っており、家族も引き出そうとしたが成功しなかったため、翌朝には配管工を呼び、外に出ていたホース部分を切ってから病院へ向かったという。
X線写真では、器具が骨盤の中にあることが確認された。医師は全身麻酔をかけたうえで肛門を少しずつ広げ、器具を壊さずに取り出した。その後のCT検査でも腸に穴は見つからず、腸の内側に軽い炎症がある程度だった。患者は精神科の診察も受けたが、その後は通院を続けなかったと報告されている。この症例では、器具の一部が肛門の外に出ていたにもかかわらず、単純に引っ張って取り出すことはできなかった。外から見える異物でも、中でどのような向きになっているか、腸に引っかかっていないかを確かめる必要があることが分かる。
4.取り出すためのひもが切れたシリコンボール――63歳男性
2025年の別の報告では、63歳男性の直腸に、直径約10センチのシリコン製ボールが残った症例が紹介されている。このボールは性的刺激に使う市販品で、本来は取り出すためのコードが付いていた。しかし、使用中にコードが外れ、自分では取り出せなくなった。男性が病院を訪れたのは約18時間後で、発熱、出血、強い痛みなどはなく、腹部を診察しても大きな異常はなかった。それでも、ボールは丸く表面が滑りやすかったため、肛門近くまで来ていても手や普通の器具ではつかみにくかった。
この男性には、約1年前にも同じ病院を受診した経験があった。そのとき直腸に入っていたのはジャガイモで、男性は自分で取り出すため、ジャガイモに金属製のボルトを埋め込んで引っ張ろうとしていた。しかし、うまくいかず、かえって奥へ移動してしまったため、最終的には手術室で麻酔をかけ、ジャガイモを小さくしながら取り出したという。
今回のシリコンボールでは、医師が細い管をボールの奥まで通し、その先端を膨らませて手前へ引く方法を使った。最初は滑ってしまったが、膨らませ方を調整することで摘出に成功し、処置後にも大きな出血や傷は見つからなかった。この方法は医療機関で専門家が行った処置であり、家庭で真似をするものではない。むしろ、以前にジャガイモへボルトを取り付けて自己流で取り出そうとした経過は、「何とか自分で解決しよう」とする工夫が、かえって状況を複雑にする場合があることを示している。
5.直腸脱を戻そうとしてワイングラスが入った38歳男性
直腸異物は、性的な目的とは関係なく起こる場合もある。2025年に中国の医師らが報告した38歳男性は、「直腸脱」と呼ばれる、肛門から腸の一部が外へ出てしまう症状を自分で戻そうとしていた。その際、容量100ミリリットルほどの細長いワイングラスを使い、グラスそのものが体内へ入り込んでしまった。
男性はすぐには病院へ行かなかった。肛門や下腹部に重い感じがあり、少量の出血も続いていたが、自分で何とかしようとし、さらに友人に手伝ってもらってペンチでワイングラスを取り出そうとした。その結果、一部のガラス片は取れたものの、痛みは悪化し、残ったグラスがさらに奥へ動いたように感じるようになった。出血も次第に増え、病院へ行く前の24時間では約800ミリリットルに達したと報告されている。
病院で画像検査を行うと、長さ8センチほどのグラスが直腸内に残っていることが分かった。便が通りにくくなり、腸の内側や肛門にも傷ができ、軽い貧血も起きていた。しかも、グラスの縁はすでに割れて鋭くなっていたため、そのまま引っ張れば、さらに深い傷をつける危険があった。そこで医師らは、腸の壁とガラスの間に保護材を入れ、周囲を傷つけないよう慎重に取り出した。摘出後に確認すると、肛門近くの腸の内側には複数の裂けた部分があり、出血も続いていたため縫う必要があった。
処置後は腹痛がなくなり、便やガスも再び出るようになった。男性は3日後に退院し、2週間後の診察でも大きな異常は確認されなかった。この5例の中でも、自己摘出の危険が特にはっきり表れた症例である。割れやすい物や鋭い物を無理に動かすと、最初に異物が入ったことそのものより、取り出そうとした行為によって大きな傷を負うことがある。
なぜ病院へ行くのが遅れるのか
直腸異物では、「病院へ行くのが恥ずかしい」という気持ちが治療を遅らせることがある。何を入れたのか、なぜ入れたのかを医師や看護師に説明することに抵抗を感じ、自宅で何度も取り出そうとした末に受診する人は少なくない。先に紹介したネパールの症例のように、家族からの支えが乏しいことや、周囲に知られることへの強い抵抗、精神的な問題などが重なると、受診が数日ではなく数週間遅れることもある。
ただし、直腸異物の患者すべてに精神的な病気があるわけではない。原因は、性的な目的の行為、事故、自分で症状を治そうとした行為、暴力によって入れられた場合、何かを隠す目的などさまざまであり、一つの性格や心理だけで説明できるものではない。米国の全国調査でも、性的な器具が半数以上を占めてはいるものの、それ以外にも装飾品、ペンや鉛筆、瓶や容器など、多くの種類の異物が報告されている。
こうしたデータを見ると、直腸異物は「極端に珍しい一部の人の事故」というより、救急医療の現場では一定の頻度で扱われている問題だと分かる。そして治療の難しさは、何が入っているかだけでは決まらない。どれほど時間がたっているか、自分で取り出そうとしたか、出血や傷があるか、周囲に相談できる状況だったかといった事情が重なり、同じ種類の異物でも経過は大きく変わる。
自分で無理に取り出すほうが危険になることもある
異物が抜けなくなったとき、病院へ行く恥ずかしさから、自分で何とかしたいと考える人はいる。しかし、今回紹介した症例だけでも、ジャガイモにボルトを付ける、ペンチでガラスを引っ張る、家族と一緒に器具を引き抜こうとするなど、さまざまな自己摘出が行われていた。こうした試みが失敗すると、物がさらに奥へ移動したり、出血や傷が増えたりする。
特に危険なのは、ガラスなど割れる物、先の鋭い物、大きな物が入っている場合や、強い痛み、出血、発熱、腹部の張り、吐き気や嘔吐などが出ている場合である。病院でも、単純に「引っ張って取り出す」だけではない。物がどこにあるか、腸が傷ついていないかを確かめたうえで、麻酔、内視鏡、専用の器具、必要に応じて腹部の手術などを使い分ける。取り出した後にも、腸の内側に傷や穴がないかを確認することがある。
性的な目的で肛門に器具を使用する場合も、体の中へ完全に入り込んでしまう形の物や、本来その用途のために作られていない日用品には大きな危険がある。そして、もし抜けなくなった場合に避けたいのは、恥ずかしさから何度も自己流の摘出を繰り返し、病院へ行くのを遅らせることである。
医学論文に出てくるダンベルやワイングラスといった物体の珍しさは目を引く。しかし、実際に重要なのは、その奇抜さではない。異物によって腸が傷つくこと、自分で取り出そうとしてさらに傷を増やすこと、そして「人には言いにくい」という気持ちから治療が遅れること。この三つが重なると、単なる「抜けなくなった」という状態から、命に関わる問題へ進む可能性もある。直腸異物は、珍しい症例として面白がるだけではなく、そうした現実的な危険を含む救急医療上の問題として理解する必要がある。
出典
Anthony Loria et al. — Epidemiology and healthcare utilization for rectal foreign bodies in United States adults, 2012–2021
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https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37060632/Nicholas W. Sheets et al. — Rectal Foreign Bodies: A 10-Year Review of the National Electronic Injury Surveillance System
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https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10404145/Isabela Medeiros et al. — Management of unusual rectal foreign body – Case report and literature review
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https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9048151/Anurag Pokharel et al. — Rectal foreign body and its association with social stigma and mental health: A case report
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https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39341159/Shalmali Dharmadhikari et al. — Probing the Matter: A Case of Rectal Foreign Body Insertion in a Patient With Intellectual Disability
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https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39925487/Matthias Barden, Derek Breiner — Bedside Extraction of a Rectal Foreign Body Using Hyperinflated Foley Catheter Traction: A Case Report
Cureus, 2025
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11804272/Haiyan Zheng et al. — Removal of a large sharp foreign body in the lower rectum through the anus using the pad method: a case report
Discover Medicine, 2025
https://link.springer.com/article/10.1007/s44337-025-00412-8




